■第五話<月の夜の下で>
 -1-


「ほら、着いたぞ。」
ホテルの一室に入ると、甲子郎は琳に話を続ける。
「ここは20階の部屋で街並みはそれなりに見えるだろう。
これより高い位置にあるホテルはなくってな。
まあ十分だろう。」
そう話している間に琳は窓から外を眺める。
「ウン、アリガト。でも窓はやっぱり開かないね。」
「ああ、だからといってこじ開けるなよ。」
「そんなことしないよ。」
会話をしながら冷蔵庫に買ってきたイチゴジュースを
詰め込む甲子郎。
その間に琳は持ってきた荷物を広げていた。

「ジュースは冷蔵庫に入れておいたから大事に飲めよ。」
「アリガト。」
「ほら、いきなり散らかすなよ。」
「仕事で使うんだから仕方がないでしょ。」
「んあ?仕事と洋服に何の関係があるんだ?」
「いつもの民族衣装で出歩くわけにはいかないでしょ?」
「ああ、今から着替えるってか。せめて俺が出てくまで待てな。」

そう言うと琳はトテテと冷蔵庫に向かいイチゴジュースを取り出した。
「おいおい、早速かよ。」
呆れる甲子郎を気にも留めずジュースを飲み始める琳。
そして一口飲むと会話を続ける。
「まだ出かけないよ、だからまだ着替えない。」
「んあ?」
「そういえば何か分かった?」
「・・・いや、大したことは分からないな。」
「大してないことは?」

琳がジッと見つめると、ふと甲子郎と目が合う。
すると甲子郎は話を始めた。
「この街は幽霊が多い。」
「それは以前から分かっていること。」
「ああ、そうだ。だが俺は珍しいものに出くわした。」
「何?」
「仲良く会話をする三人組だ。しかし一人は幽霊だがな。」
「異能者が二人いるってこと?」
「ああ、そのようだ。しかもその二人は自分の能力に気がついていない様子だった。
それに知識もほとんど無い感じだ。」

そう聞くと、琳は少し難しい顔をした。
「会話まで出来るのに知識がないの?
すると修行したわけでも勉強したわけでもなく
生まれつきの才能ということ?」
「ああ、そのようだ。しかもその力はかなり強そうだ。
幽霊も生きている人間と判断つかないくらい
はっきり見えているらしい。
そこらへんにいる幽霊も普通の人間と認識していたしな。」
「もし、その話が嘘じゃなければ、かなり異常だね。
そこまでの能力者が現れることなんて
めったに無いのに、二人もつるんでいるなんて。」
「ああ、その話に嘘がなければな。」
「疑わしいところがあるの?」
「いや、それが嘘はついていないように見えたな。
あれは素だ。でもまぁ、何か隠している気はするがな。」
「何かって?」
「その三人組っていうのは
一人は20代半ばの男
もう一人は20前後の女。
そして幽霊はその女に取り憑いている同じくらいの女だった。
そして、生きている女はヒールを履いていた。」
「そのくらいの女性ならヒールは珍しくないよ。」
「でも物凄い異能とヒールの組み合わせは珍しいだろ?
そして異能の男付だ。」
「二人の居所は?」
「さあな、どっかの誰かさんが迎えにこいとうるさいから
聞きそびれちまったな。」

にやけながら甲子郎が言うと琳は無視するように話を続ける。
「名刺を渡したってところかな。」
「なんだよ、からかい甲斐の無い奴だな。」
「コーシローの名刺を渡していれば、それに施された呪術で
在り処が分かるね。」
「でもあちらも異能だ。どんな隠し玉があるか分からないから
下手に行動は出せないな。」
「ひょっとしたら名刺の呪術に気がついているかもね。」
「ああ、際どい駆け引きになりそうだな。」
「でも本名書いていないから、とりあえずは平気じゃない?」
「そりゃそうだ。呪術相手に名前を晒すのは自殺行為だもんな。」

会話が少し途切れると、琳は冷蔵庫に再び歩み寄る。
そして備え付けの烏龍茶を取り出して甲子郎に渡した。
「おいおい、これは割高で有料なんだぞ。」
「ものを貰ったときは素直にお礼を言うんだよ。
どうせ請求書は組織に行くし。」
「・・・ありがとよ。」
そう言うとニコッとする琳。
「他に何か分かったことある?」
「んー無いな。」
「そっか。」
「お前はここに来て何か感じたことあるか?」
「まだ何もないかな。
でも前からだけど気になることはあるよ。
何で今回の事件は禦(ふせぎ)の支部近くなのかな?」
「・・・しかも日本にいくつかある施設付近じゃなくって、
ピンポイントで日本支部の中枢施設付近だよな。」
「偶然・・・かな?」
「最悪のことを考えてもいいかもな。」
「スパイ?」
「それか探られているか。」
「レーカ局長に、調査員の増員をお願いした方がいいかな。」
「とはいっても無理だろう。長野で結構死んじまったし。」
「そっか。」

そのタイミングで、ようやく甲子郎は烏龍茶の封を開ける。
「あとさ、コーシローはずっとこの街を
調査していたんだよね?
何で今まで物の怪に遭遇しなかったのかな?
更にね、もう4件も物の怪がここで発見されているのに
目撃情報が無いよね?
それって倒した人以外は遭遇していないってことかな?」
「と、いうと普通じゃ見つけられないってことか?」
「それか、倒している人が引き付けているか・・・。」
「引き付けるか・・・。どういう方法があるんだろうな。」
「どうだろう、まだ憶測だし分からないね。」
「それと、俺が出くわしていないのは理由があるぜ。」
「何?」
「お前が決まって夜に呼び出すからだ。
怪物の死亡時間は全て22時付近だ。
その時間に街を回りたいのに、お前が呼び出す。」
「うん、一人は危ないと思ったから。」
「お前なあ・・・。」
「だから今日から出歩こう。
とりあえず何か分かるまでは一人歩きは危ないよ。
だから今日から21時にお出かけをしようよ。」
「それで今から服を出しているのか?」
「そうだよ。」
「早いな・・・。」
「いいでしょ、別に。」
「まあいいか。でも時間までかなりあるな。
夜行動するなら少し休んどけよ。」
「そうする。」

すると琳はそそくさとベッドに入り込んだ。
それを確認すると呆れたように甲子郎は部屋を出て行く。

『あー俺も今から寝るか・・・。』
あくびを一つすると甲子郎はゆっくりと廊下を歩いていった。




次へ▼
戻る
TOPへ
inserted by FC2 system