■第十六話<ヴァークス>
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「相変わらず寝相が悪いわね。」
「何度掛けても、はねちゃうんだよ。」
「そんなに暑がりだったっけ?」
「いや、やっぱり寝相が悪いだけじゃないかな?」

懐かしいようなイメージがうっすらと周りを包む空間で
少年と少女の声を聞く早間。
姿は、はっきりと見えないが、
その声から誰が居るのかは安易に感じ取ることができている。

『おかしいな。もうありえないはずなのに
・・・そうか、これは夢か。』
そう気付くと、眠りから覚める直前の
夢と現実の間の様な感覚を感じ始める。

「ん・・・?何だ?」
ハッキリとしない意識の中、目の前に人の気配を感じ取る早間。
良くは分からないが、
身の危険を感じるものではなく、何か優しいものに包まれるようなイメージであった。
そう感じながら薄らと目を開けると、ぼんやりと一人の少女の姿が見える。


一瞬、心臓が止まる感覚を覚える早間。
そして次の瞬間には目を大きく開けると同時に大きな声で呼びかけていた。
「茜!?」

急に上半身を起こして、目の前の人物を良く見る早間。
するとそこには、驚いた顔でたじろぐ矢子の姿がある。
彼女は毛布の先端をつかんだまま固まっており、
その姿から、早間に掛けてあげようとしていたという事が
簡単に分かる様子である。

「・・・ごめんね、驚かせ・・・・・・いってぇ。」
自分の頭を押さえながら、乗り出した身を戻すと、
再びソファーに寝転がる早間。
「まずいな、あのまま眠ってしまったのか。
その上、二日酔いかよ。」
独り言のようにそう言うと、矢子は固まった体をようやく動かし、
毛布をたたみ始める。
「大丈夫ですか?
水でも持ってきます?」
「お願いしていいかな?」
「はい。」
要望に早速答えるように矢子がキッチンから水を汲んでくると、
早間は体を起こして一気に水を飲み干す。

「昨日は遅くまで飲んでいたのですか?」
「・・・それが良く覚えていないんだよね。」
「案外早く寝てたわよ。」
二人の会話を聞いていたのか、後ろから夏美が姿を現す。

「すみません博士。
お見苦しいところを。」
醜態を晒したと思い、気まずそうに話しかける早間だったが、
夏美は特に気にしない素振りで、話しかけてくる。
「別に良いのよ。
それより何か食べる?」
「いえ、今は何も食べたくはないですね。」
「そう、じゃあシャワーでも浴びてきたら?」
その提案をしながら袋を早間に手渡す夏美。
「これは?」
「下着とワイシャツよ。サイズは多分平気でしょう。」
「え?」
「最近は便利ね。
この時間からでも、そういうのを売っている店があるのだもの。」
「この時間って・・・そういえば今って・・・。」
恐る恐る時計を見る早間。

「9:30過ぎているじゃないですか!!」
「そうよ?」
「まずいですよ、遅刻ですよ!?」
「まぁ、いいんじゃない?」
「良くないです!変に怪しまれたりでもしたら・・・。」
慌てながら立ち上がる早間。
しかしその勢いは立ち上がる前から失速し、
終いには頭を押さえながらしゃがみ込む。
「うぉぉぉぉ・・・・・。」
「大丈夫ですか、早間さん?」
心配そうにしゃがんで覗きこむ矢子。

「その様子だと、今日は無理そうね。
ここで寝てていいわよ。」
「そういうわけには行きません。」
仕方なさそうに言う夏美の提案に
反抗するべく、早間は意地で立ち上がる。
「そんなんで運転する気?」
冷静に質問をする夏美。
「平気ですよ。」
強がる早間。
「・・・私が代わりに運転しましょうか?」
何気なく提案する矢子。
「それはダメ。」
速攻で却下する二人。

「大丈夫だよ。私、運転の仕方が分かるから。」
矢子が説得するようにそう言うと、夏美は頭をかきながら苦笑いを見せる。
「そりゃアナタなら出来るだろうけど年齢が駄目でしょう。
矢子に運転を頼むのは非常事態の時か3年後かよ。」
「でもある意味、今は非常事態じゃない?」
時計を指さしながら矢子が聞いてくると、早間は頭をかきながら意識をしっかり保とうとする。
「大丈夫、私が博士を送りますよ。
さあ、行きましょう。仕度は出来ていますか?」
疲れたように早間が聞いてくると、夏美はため息を一つつく。
「まだよ。
アナタが全然じゃない。
とりあえずシャワーを浴びて着替えてきなさい。」
「いえ、私は・・・。」
「いいから。」
半ば強引さを感じる言い方で風呂場を指さす夏美を見ると、
早間は少し考える間を作る。
「・・・分かりました、ではなるべく早く上がってきます。」
「その間に目が覚めて、今より少しはましになるでしょう。」
「面目ありません。」
そう言い残すと、風呂場に向かう早間。
その姿を確認すると、矢子は部屋の片づけを始めるのであった。



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